
ヤマメと石灰岩を通った水について
以前、とある養殖業者の方から、「石灰岩を通った水はヤマメに合わない」という話を聞きました。
どういうことかというと、石灰岩の山から流れてくるような水は、石灰岩の主な成分である炭酸カルシウムを多く含んでいて、その成分がヤマメの養殖には適していないとのこと。
もちろんその方も、これにはっきりした科学的根拠があるわけではない、という前提で話していました。
ネット上で、できる限り調べてみましたが、炭酸カルシウムの成分がヤマメに何か影響を与えるという情報や研究は見つかりませんでした。
ですが、こういう話は妙に引っかかります。
なぜなら、その会社は何十年も養殖業を生業として生き残ってきた会社だからです。
養殖の世界は、口で言うほど簡単ではありません。
魚をうまく育てられなければ続かない。
病気が多ければ続かない。
ふ化率が悪ければ続かない。
うまく販売できなければ続かない。
それでも何十年も残っている会社には、数字に表れない現場の勘や経験の積み重ねがあります。
だからこそ、「科学的に証明されていないから気にしなくていい」
と簡単に切り捨てられない気がしました。
石灰岩の水=悪いというわけでなく、「炭酸カルシウムの成分が多いからヤマメを育てるのが難しい」
と、そこまで単純な話でもなさそうです。
考えられるのは、その養殖業者の方が言っていた「炭酸カルシウムが合わない」という感覚が、
炭酸カルシウムそのものを指していたのではなく、
石灰岩質の水に伴いやすい別の現象などもまとめ指していた可能性です。
たとえば、
水の硬度が高い。
アルカリ度が高い。
空気に触れることで白い石灰分が析出(温度変化などによって固体化)する。
卵やふ化直後の稚魚に微妙な悪影響が出る。
水の性質全体としてヤマメ向きではない。
こういうことが複合的に起きていて、
その結果として「なんとなくヤマメには合わない」
という感覚になっていたのかもしれません。
不思議なのは、ニジマスは特に問題なく育つのに、なぜかヤマメだけうまくいかないということ。ニジマスもヤマメもIHNにはかかりますが、その時、全滅パターンの冷水病との合併症が、炭酸カルシウムを多くの含む水だとヤマメにだけ特にダメージとなるのか、あるいは何か他の要因がかあるのか。
考え出すとキリがありませんが、
養殖の現場では、理屈や研究より先に結果が出ることがあります。
たとえば同じヤマメでも、
この沢水ではよく育つ。
この水ではなぜか弱い。
この系統は合う。
この年だけ成績が落ちる。
そんなことは珍しくありません
しかも魚の調子は、水質ひとつで決まるわけなく、
水温
水量
溶存酸素
pH
微量成分
飼育密度
給餌
病原体の有無
卵の質
親魚の状態
採卵時期
いろいろな条件が重なって、最終的な結果になります。
だから、石灰岩質の成分が本当に悪かったのか、
それとも別の条件との組み合わせでたまたまそう見えたのか、そこは簡単にはわかりません。
でも、長年魚を見てきた人の経験則には、
やはり無視できない重みがあります。
科学や理論で説明できないけれど、こうやったらうまくいった、こうやったら失敗した、というその現場でしかわからない話はかなり貴重です。
はっきり証明できないし、データもきれいには揃わない。でもそういう感覚が後から研究で裏付けられることもあれば、逆に誤解だったとわかることもあります。
石灰岩の水とヤマメの相性も、そんな話なのかもしれません。
何十年も現場で魚を扱ってきた人が言うことには、やはりそれなりの背景があるはずです。
たとえ表現が「炭酸カルシウムが合わない」
というざっくりした言い方だったとしても、
その裏には、複合的な要因が絡み合っていると思います。
結局のところ、今の時点では「石灰岩質の成分がヤマメに悪い」とも言えないし、「まったく関係ない」とも言い切れないというのが実際ところです。
本当のところはどうなのか。偶然の相関だったのか。なにか因果関係があるのか。
別の原因をそう感じていただけなのか。
それはまだわかりません。
実は数値化できない部分に、この養殖業の本質が隠れているのかもしれないと思ったり思わなかったり……。